その日、パキスタンから来た学習者はラマダーンの最中。
彼にイスラームについて、二三、訊ねてみました。

わたし:ムスリムは、一日五回、メッカ(マッカ)のほうを向いて礼拝すると聞いていますが、どうやってメッカの方向を判断するのですか? 地球は自転しているし、自分がいる場所によって緯度経度も変わるし…
学習者:これを見てください。(彼が差し出したスマートフォンホの画面には、大きな磁石のようなものが表示されていました)
わたし:なるほど。メッカの方向を教えてくれるアプリがあるのですね。

 インターネットで検索してみると、GPSや内蔵コンパスなどの機能を使ってメッカの正確な方向を教えてくれるアプリケーションがすぐに見つかりました。イスラーム最高の聖地はサウジアラビアのメッカにあります。世界のどこにいても、ムスリムがその方向(キブラ Qibla)を向いて礼拝できるように、こうしたアプリが利用されているというわけです。

わたし:イスラームでは、アザーンと呼ばれる、肉声による礼拝への呼びかけが行われますね。
学習者:はい。(彼のスマートフォンから一瞬アザーンが流れました。周囲には、ほかにも学習中の人がいたのでヒヤリ)

 すると、たまたま近くにいたヴェトナムの女の子が、それを聴いて見事に復唱したので、今度はビックリ。
南アジアの文化に東南アジアのこどもが初めて?ふれた貴重な瞬間でした。

 音楽学者 柘植元一は「アザーン」について、「もともと「音楽」とは見なされていないが、優れた音楽を聞く喜びを与えてくれるのが、イスラム世界のアザーン az ā nである。これはイスラム教徒に一日五回の祈りの時刻を告げるアラビア語の呼び声である。これをミナレットの上から大声で唱える専門家はムアッズィン mu’azzinと呼ばれる*。ムアッズィンになる人は伝統的に美声の持ち主であった。無論、これは歌謡ではないから、過剰な声楽的技巧や装飾は抑制されているが、毎日五回ずつ四囲の人びとに向かって「本番」を演じているわけであるから、その呼び声は充分に練られ、聞く者の心の琴線に触れるものにさえなっている。」と述べています(『世界音楽への招待:民族音楽学入門』音楽之友社、1991年、61-62ページ)。

 写真はメッカのカアバ聖殿。おそらく1930年前後に撮影されたもの。

*ジョナサン・キャロルの短編小説「我が罪の生」では、リビアで働いていた男が当時の生活を振り返って「毎朝、信者に祈りの時間を告げるムージャンで目は覚めるし。そこが一番好きだった気がする」と語っています(『黒いカクテル』浅羽莢子訳、創元推理文庫、2006年、100ページ)。訳文からの推測ですが、この「ムージャン」はたぶん「ムアッズィン」をさしています。