
昨年(2022年)の9月に「夜間飛行」という名の出版社から一冊の書籍が刊行されました。書名は『ロマニ・コード:謎の民族「ロマ」をめぐる冒険』。著者は言語学者の角悠介(すみ ゆうすけ)。素敵な本です。ボランティアの日本語講師にとっても。
ドイツ公共テレビプロデューサー(テレビなどでよく見かける、丸顔のチャーミングな女性)は、この本に自身の名前の文芸賞を授与しています。
そのマライ・メントライン賞とは、「私が「めったに無い特殊で深いおもしろさ」を感じ、かつ、メジャーな批評家があまり取り上げなさそうな本に遭遇したときにのみ起動する、なんの権威もへちまもない個人的な文芸賞である」1だそうです。
彼女はボルヘスやライトノベルを援用して本書を推薦していますが、優れたテクストは驚くほど多様な読み方を可能にします。本書から日本語講師に響いてくる箇所を少しだけ拾ってみましょう。
・非ロマとロマの交流について。「異文化コミュニケーションで大切なことは「同じ土俵に立つこと・立たせること」であって、「同じ格好で土俵に立つこと・立たせること」ではない。(改行)いずれにせよ大切なのは、お互いが相手にリスペクトを持つことである。」2
・ある国の人が別の国の人に好感を抱く理由について。「国のイメージは外交官ではなく民間人が作るものである。人は身近にいる外国人を見てその国の印象を決める。」3
・東洋人である自身がルーマニアの大学でロマにロマニ語(ロマの言語)を教えることについて。「私はネイティヴスピーカーではないので、学生たちと比べると会話力は劣る。しかし、日本人が生まれつき日本語文法や日本語の成り立ちを知っているわけではないことと同じく、ロマも、ロマニ語を話せても、教えてもらわないとわからないことはたくさんある。そのためにロマニ語学科があり、我々先生がいる。」4
・ハンガリーに住むあるロマと著者との会話。「息子が言った。(改行)「この村のロマはいい奴ばかりだ。しかし、町には軽犯罪を犯す悪いロマも多い。私はそこで身寄りのない子どものために働いている。トランシルバニアのロマは善良かい?」(改行)ピクルスをぼりぼりとかじりながら私は言った。(改行)「いいロマも悪いロマもいます。それはどこでも一緒です。いい日本人も悪い日本人もいる」5
日本語講師にとって、すぐ参考になる箇所だけでこんなにあります。「間接的」ということなら、本書全体がさまざまな示唆に富んでいます。
本書は、ロマについて書かれたエッセイとして優れているだけでなく、読む者すべてを「言語とアイデンティティの関係」や「『〇〇国へ行く』とはどういうことか」といった思索へといざなう「開かれた」テクストになっているのです。
しかし、妙に哲学的だったり、学者の講義を聴いているような感じは微塵もなく、すらすら読めて、読み始めたらやめられません。それはなぜでしょうか?
おそらく、その理由のひとつは、決して軽薄にはならない、軽快な文体にあります。書いている対象との距離も完璧なら、記述の硬軟の間の取り方も絶妙。なので、読者は内容に難しいところと易しいところがあることを意識せず読み進めます。この呼吸を、著者はロマニ語教師としての経験から身につけたと思われます。
そして、著者が一種のスーパーマンであることも、本書の面白さに一役買っています。副題にあるように「冒険」なのですから、それにスーパーマンが挑戦すれば面白くなるに決まっています。本業の言語学者としての実力は折り紙つき(ルーマニアの大学でロマニ語の授業を受け持つ資格がある、史上二人目の人物。しかも東洋人)。そのうえ杖道六段にして、銃器の扱いにも精通。すべて飽くなき探求心を原動力に習得したものです。「冒険家」の資格充分!
さらに、読者の価値観を揺るがす新鮮な情報の数々が、ページを先へさきへとめくらせます。
・高校生だった著者にルーマニア語を教えてくれた女性は魔女の家系6。
・ベラルーシのロマニ語方言では、「明日」と「昨日」が同じ単語。
インドで話されているヒンディー語もそうらしい、と著者が書いているので、ANABAに来るヒンディー語が分かる学習者に調べてもらったら、そのとおりでした。調べてくれた当人もびっくり。
・ベラルーシ人は「××星人」。
・名前は書かれていませんが、意外な場面で有名な音楽家が登場。
・無名な人々のちょっと形容に迷う体験談の数々。
そのひとつから、ロマの出稼ぎの現状が少し見えてきました。ユーゴスラヴィアの映画『ジプシーのとき』(エミール・クストリッツァ監督、1989年公開)後半のエピソードが思い出されます。
このほか、読者の関心をそそるトピックやエピソードは枚挙にいとまがありません。
でも、本当に驚くべきは、それらを伝えるときの著者の言語学者としての一貫した姿勢です。トピックやエピソードの羅列に終わらず、その向こうに「言語学に何ができるか」というテーマがさりげなく浮かび上がってくるのです。
わたしは本書を読んで、初めて「言語学」というのがどのような学問であるかを知りました。著者は肩書ではなく自身の生業として、誇りをもって「言語学者」という文字を本の著者名の上に記しています。
著者の恩師の一人サラウ教授は、ロマニ語をルーマニアの学校教育に導入しました。それまで、「ルーマニアの他の少数民族は学校で母語を使って教育を受け、母語を学ぶ権利を持っていたが、ロマには長らくその権利がなかった」7のです。著者は上記のとおり、恩師の仕事を継承し異国でロマニ語を教えています。では、例えば日本において、少数民族アイヌの言語に対する公教育の扱いはどうでしょうか? 北海道平取町立二風谷(にぶたに)小学校は、総合学習でアイヌ語の授業をしているようですが、北海道でも公立小の授業は珍しいとのこと8。
なお、著者は活動の拠点をルーマニアのトランシルヴァニアに置き、ハンガリーとベラルーシに随時、調査に赴いています。上記の三つの国はウクライナに隣接しています。
ウクライナで今も進行中の状況について、著者はふれていません。しかし、著者がロマニ語研究のためにロマと話すうち、彼らから聞いた戦争体験は「ロマと戦争」の項にまとめられています。
ロマがユダヤ人に次いでナチス・ドイツにより大量に虐殺されたことは本書中で繰り返し述べられていますが、「ロマと戦争」の項のある老人へのインタビューは、現在にもつながる、より複雑な事実をわたくしたちに突き付けてきます。
著者は最後の「あとがき」でカットバックの手法を用い、「国際ロマ連盟議会」に向かう自身の心境と行動を記します。行動はまず身だしなみを整えるところから始まります。「しかしその日、帰宅した私はいつもの服を脱ぎ捨てた。」「私は折り目のついたスーツのズボンに足を通した。」「わたしはズボンに革のベルトを通した。」9と続きます。
そんな著者の姿に、わたしは《To the Beggin’ I will go》10という歌の一節を重ねています。スコットランド北東部の港湾都市アバディーンの鋳掛屋11に関係する歌です。ロマンチックな歌ですが、歌われている「僕」の心意気は著者のそれと共通する点があるような気がします。
僕は仕立て屋へ行き、 I’ll gang the tailors,
アニー・グレイと呼ばれる男に、 They call him Arnie Gray;
コートを作らせる I’ll gat him mak’ a coat to me
それは夜も昼も僕を守ってくれるだろう。 That will help me night and day.
物乞いに僕は行くよ、行くよ、 To the beggin’ I will go, will go
物乞いに僕は行くよ、行くよ。 To the beggin’ I will go, will go.
1 決定、2022年マライ・メントライン文芸賞!『ロマニ・コード』(角悠介)を驚異と言わずなんとする - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ(https://qjweb.jp/journal/80855/)
2023年6月アクセス。
2 角祐介著『ロマニ・コード:謎の民族「ロマ」をめぐる冒険』(夜間飛行、2023年)33ページ。
3 同書、200ページ。
4 同書、75-76ページ。
5 同書、290ページ。
6 著者は本書に続いて『呪文の言語学:ルーマニアの魔女に耳をすませて』(作品社、2025年)という本を書きました。
7 前掲書、54ページ。
8 『日本経済新聞』「アイヌ語授業を公立小で 北海道・平取町、「日常会話に」願い」2016年12月20日(https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG09HDA_Q6A221C1CR0000/)
2023年6月アクセス。
9 前掲書、336-337ページ。
10 Folk Songs of England, Ireland, Scotland and Wales. Selected and edited by William Cole.(New York:Doubleday & Company, Inc., 1961)pp.164-165. 11 鋳掛屋はロマの生業のひとつですが、スコットランドには同じく鋳掛屋を生業とし、移動生活を行うトラヴェラーと呼ばれる人々がおり、《To the Beggin’ I will go》は後者のことをうたった歌である可能性があります。トラヴェラーについては、高松晃子著『スコットランド 旅する人々と音楽――「わたし」を証明する歌』(音楽之友社、1999年)を参照


