ブラジルから来た学習者との会話。

わたし:ブラジルのどこから来ましたか?

学習者:アマゾンです。

わたし:町の名前を教えてください。

学習者:マナウスです。

わたし:ああ、マナウス! オペラ・ハウスがありますね。

学習者:(誇らしげに)そう、テアトロ・アマゾナス。

 マナウス1は、大西洋岸のアマゾン川河口から直線距離で1,000㎞以上内陸に入った、アマゾン川とネグロ川の合流地点に位置する都市。

 バリー・J・カプランとニコラス・メイヤー合作の冒険小説『黒い蘭』(川口暁訳、パシフィカ、1979年)は、ここを舞台に、以下の歴史的な事実をもとにして書かれています。

 「ゴムの木の原産地はマレーあたりだろう、ぐらいに思っていた。そうではなく、あれは本来、アマゾン河上流の密林にしかはえていなかったものなのだ。アマゾン最大の都市マナウスは、このゴムを独占栽培し、世界経済を動かすほどの大ブームタウンと化してしまう。これをやっかんだのが大英帝国で、再三にわたってゴムの種子を盗み出そうとするが失敗。が、ついに一八七六年にそれに成功、盗み出された種子はマレーに運ばれ、マナウスの繁栄は一挙に終わりをつげた。」2

 大英帝国はどうやってゴムの種子を盗み出したのでしょうか?

 キュー植物園(イギリスの有名な植物園)からブラジルに派遣されていた学者が、「植物学上の採集品」をイギリスに運ぶという名目で汽船を調達。イギリス領事を連れて、ブラジル税関の役人を訪問します。二人は「女王は、お国の美しい植物を見て、言い表せないほどお喜びになるでしょう」と述べ、まさか彼らが〈政府により輸出を禁じられているゴムの種子を持ち出そうとたくらんでいる〉とは思ってもみなかった役人を篭絡。首尾よく、7万個の種子の持ち出しに成功します。そのうちキュー植物園で発芽したのが3千。丈夫な苗木に育ったのが2千ほど。それらが極東のゴムの木の親木となりました3

 こうしてマナウスのゴム産業はいっきに衰退してしまうのですが、全盛期には世界中から一攫千金を夢みる人々が集まり、巨大なオペラ・ハウスまで建設されます。それが現在でも観光名所としてにぎわいを見せているテアトロ・アマゾナス。17年かけて1896年に完成したその建物の建築資材は、すべてヨーロッパから取り寄せられたと言います。

 ヴェルナー・ヘルツォーク監督が1982年に制作した映画『フィツカラルド』には、主人公がこのオペラ・ハウスでエンリーコ・カルーゾー(有名なオペラ歌手)の公演を聴く場面があります。ペルーに住むアイルランド人の彼は、感動のあまり、自分の地元にもオペラ・ハウスを建設したいと思うのです。

 上記の『黒い蘭』には、テアトロ・アマゾナスでサラ・ベルナール(フランスの名女優)がラシーヌの詩を朗読する姿が描かれています。彼女の1886-1992年の世界ツアーにはブラジルも含まれていたので、テアトロ・アマゾナスへの出演もおそらく事実でしょう。ちなみに、同劇場の1897年の杮落としでは、ポンキエッリ(1834-86。プッチーニの師)のオペラ『ラ・ジョコンダ』(1876年初演)が上演されています4。日本では、鹿鳴館で仮装舞踏会が催されていた時代のことです。

繰り返しになりますが、オペラ・ハウス建設に象徴されるマナウスの繁栄は、ゴムの独占栽培がもたらした莫大な富の成せる技でした。しかし、それも一場の夢。衰退があまりにも劇的だったため、その後のマナウスについて、わたしは興味を失っていました。ところが…。

再び学習者との会話。

わたし:(教科書に「眼鏡」が出てきたので)わたしはこの眼鏡を川越で買いました。あなたの眼鏡はどこで買いましたか?

学習者:マナウスで買いました。

わたし:どこで作られた眼鏡ですか?

学習者:日本です。マナウスには日本の会社が沢山あります。日本人も大勢います。

わたし:⁉

 学習者の意外な答えに驚いて、ウィキペディアで「マナウス」を検索してみると、1967年にブラジル政府が産業振興策として、マナウスを自由貿易地区(Zona Franca)に指定。世界中から多くの企業が進出。日本からもパナソニック、ソニー、ヤマハ、HONDAなどが参加。1967年当時、15万人程度だった人口が、2021年には約200万人へと増加。マナウスが再び大々的に復興したことが分かりました5

 今も昔も、世界的な貿易が人々の暮らしに与える影響力の強さには驚嘆します。

1 以前はManaosと綴られていましたが、現在の綴りはManaus。古い地図や百科事典などを見ると、前者になっています。写真参照。

2 瀬戸川猛資『夜明けの悪魔:海外ミステリの新しい波』(創元ライブラリ、東京創元社、1999年)120ページ。大英帝国がゴムの種子を盗み出した時期については、諸説あるようです。マナウスがゴムの生産で隆盛を誇ったのは、19世紀末から1910年代まで。

3 T・ホイットル著、白幡洋三郎、白幡節子訳『プラント・ハンター物語』(八坂書房、1983年)18-19ページ。

4 Wikipedia ‘Amazon Theatre’(https://en.wikipedia.org/wiki/Amazon Theatre 2024年3月17日アクセス)

5 Wikipedia ‘ManausAmazon Theatre’(https://en.wikipedia.org/wiki/Manaus 2024年3月17日アクセス)